生きるリアルさの回復のために

読むことで自分の未来を拓く

サルトル著「自由への道」第一部を読む

かつて有名であったが今時絶対読まれないだろうという小説をぼくは好んで読むことにしている。野間宏著「青年の環」がそうだったし、ロマンロランの「ジャンクリストフ」がそうだったし、今回のサルトル著「自由への道」もそうだろう。とにかく今時の人はこんなに長い小説は最初から読む気力を失うはずだ。ぼくは時代にあえて逆らって現実から遠く離れたところから、いわば身を隠しながら生きるのが好きなのだ。幾分1Q84の天吾に似ているかもしれない。

 

さて今日サルトルの「自由への道」全4部のうちの1部を読み終わる。これはサルトルを甘く見ていたなと反省させるだけの反道徳的な悪をも引き入れている青春を描いていた。最後に青春が終わって「分別ざかり」が訪れることになるが、追体験しようとするとくたくたに疲れる。しかし読み終わると、「ぼくの」青春が体に戻ってくるような爽快感に浸ることができた。サルトルの文体は肉惑的で繊細で力強かった。ただし平気でウソがつける主人公と自分では追体験にも限界がある。勇気を試すために自分の掌にナイフを刺すこともできない。登場人物のパリに生活する人々の中に入って、あの時代の空気を吸う楽しさは十分味わえた。

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